「”再開しやすい”手帳習慣」が心地よいと思う
なんぼ手帳が好き、書くことが好き、と言っても、うまく時間が取れなかったり、気分が乗らなかったり、いろんな理由で「今日は書けないわ…」となる日があります。
よく、手帳が続かない、手帳はいつも3日坊主で終わってしまう、というお話を耳にしますし、いくら続けたい気持ちがあっても、気持ちだけでは難しいよねと、私自身も考えます。なんなら同じく、手帳が続かない期を過ごしていたこともあります。
今思えば、それって、冒頭に書いた「今日は書けないわ…」の日から復活できなくてそのまま手帳時間がないものになってしまっていたのですよね。
ということは、復活できる術=再開しやすい手帳習慣を作っておけば、たとえ数日間書けない日が続いたとしても、無理なく手帳生活に戻ることができるのでは?そしてまた手帳生活を続けることができるのでは?と考えました。
もう何年も手帳生活を続けているのにようやく気付いたこの思考回路。
自信を持ってお伝えできる説は完成していないですし、今後もただぼんやりこう思いながら手帳を書き続けるんだろうなあ…程度のお話なのですが、どなたかの気づきに結び付けばいいなあと思いながら、記録として残してみたいと思います。
本日もどうぞごゆるりと🍵
マイナスな思考に向かう前に手を動かす流れを無理矢理作る

こちらは数週間前の私の机の上の写真です。
何でもかんでも記録している「サブノート」に貼りたい紙もので溢れておりました(謎に使い終わったホットアイマスクも混ざっている)

以前の私でしたら、この紙ものの山を見るだけで「ああもうだめ…こんなに溜めてしまって、リアルタイムに追いつくのにどれほどの時間がかかるのかしら…」ともはや悲劇のヒロインと化し、見て見ぬふりをしてしまっていたでしょう(口調がナレーション)
でも、今の私は違います。
「わーおずいぶん溜め込みましたねえ!これ、本当に全部貼る?書けば済むのもあるんでない?貼りたい部分だけ切れば嵩減るしょ!とりあえず減らそ!」
こんな感じで、「溜め込んでいる事実を悲観的に見てしまう前に手を動かす」を自然とやる流れを作ってしまっているのです🙆🏻♀️
まずは量を減らしさえすれば私の場合「もうだめ…」な悲劇のヒロインは顔を出さないはずだという自己分析のもと、反射的に「まず切る!まず断捨離!」となるようにしています。
これも、「再開しやすい手帳習慣」のひとつです。
やるべきことが山積みでも「まず1文字書く」ことで溜めるのを防ぐ

そもそも、日記や記録を続けたい場合、書きたいことを溜めてしまうことを防げば、無理なく書き続けられるのではと、だいぶ当たり前っぽいことにようやく気付いたここ数ヶ月です(今さらにもほどがある)
溜めてしまう原因は、書くことよりもやるべきことの消化を優先してしまうのが、私の場合は1番かなと思っています。
そりゃね、やらなければならないことはやらなければならないのです。いずれはやらねばならないのがリアル。でも、それに取り掛かる前に5分書いたところで、やらなければならないことに大きな影響はないのです(あくまで私の場合)
たかが5分、されど5分。5分だけでも書けば、書き物欲がそれなりに満たされるということは、これまでの経験上わかっています(あくまで私の場合)
その5分の積み重ねが、書きたいことを次々と溜めててしまうことを防ぐことに繋がります。
書きたいことが溜まっていなければ、次に手帳時間に取り掛かるのも楽になる気がします。
数日分日記を溜めてしまったら思い出す作業はあきらめる

この日は日めくりカレンダーが3枚溜まっていますね(21日どこ行った?)
先ほどは「書きたいことを溜めない方法」の1つについてお話ししましたが、最後は「溜めてしまった場合の対処法」の1つのご紹介しますね🤗
ずばり、「過去のことを思い出すのはあきらめる!」です!(対処法ではない気が)
日々せかせかと生きていますと、下手すれば前日のことすら忘れてしまうなんてことは日常茶飯事です(私だけか)
それ以前のことを思い出すなんて至難の業、その時点で「ああもう書きたくない…」となってしまう可能性大です。
そういう時、私はいっそ、思い出すことすらあきらめることにしたのですね。
無理に思い出そうとせず、調べればわかる天気をメモしたり、気力があればカメラロール(大体はめんどくさいので見ない)、さらに気力があればLINEのやり取り(大体はめんどくさいので見ない)などを見て思い出すことがあれば書いたりします。
それすらしんどい時は、信頼の日めくりカレンダーを貼ってそこに書いてある質問に答えるのみ。もしくはただただその日を飛ばす。
そんな日があってもいいよねという心持ちでいられるようになれば、次に書きたくなった時にさらっと何事もなかったかのように手帳を開けるのではないかなと思っています。
「”再開しやすい”手帳習慣」が心地よいと思う まとめ
手帳が続かない期の私は、今以上に謎に自分ルールを作っていて、それは手帳絡みでもそれ以外でもそうでした。かっちこち。
ここまでできないのならやっても意味がない。
「これだけできれば十分」なんて思えない。
やるからには自分の理想通りでないと気が済まない。
ひえー文字にするとこわいこわい、厳しすぎますよ、今の私には。
なぜそこまで頑なになっていたのか、若さゆえの経験不足からか(10年以上前のことですので)、根が真面目なのは否定できないのでその部分が全面に出てしまっていたからか、自分を過大評価していたからか…それら全部である気がしますし、それ以外にも理由がいろいろとある気もします。
自分で自分の首を絞めていたよなあと、今のゆるゆるな私はのぺーっとしながら振り返っています。
ただ、そういう側面を完全に消すことはできないこともわかっていて、そういう部分が見え隠れすることは今でもあります。
そんな時は、一旦別の世界へいきます。無理矢理方向転換です。推しを見たり本を読んだり外に出たり家族と話したり、とにかく力ずくで脱出する道へと一目散。
今の自分にそういう部分は必要ないと思っているので、目を反らす!向き合う必要すらない!
消えないことに「あー消えない!!!」と乱される必要もないですのでね🥺
あれ、何の話だったかな(まとめで話それるのそろそろやめれる?)
とにかく、手帳を続けたいなあと思う時、完璧主義では難しいかもしれない、ということはちょっとだけ自信をもって言えるような気もしないでもないのです(全然自信ない言い回し)
軽い気持ちで、ちょっとでも書けたら大拍手だし、書けない日があっても「日常を頑張っている証拠!!!」と大拍手だし、どれだけ時間が経っても戻ることができたら大大大拍手と思います🙏🏻
楽で無理のない手帳生活、楽しみたいですね🍵


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